村山聖

村山聖四段(当時18歳)、初参加の順位戦

A級棋士のまま、29歳という若さで亡くなった悲運の天才棋士・村山聖九段。

その哀しくも力強く駆け抜けた生涯は、大崎善生氏が「聖の青春」という小説にまとめ、世に知られました。

先月にはついに映画が公開され、それを見た羽生善治三冠は「この映画で、また村山君と会えて嬉しかった」と、奥様に感想を残しました。

*以下の引用は全て【村山聖五段(当時)「この4人のうち、一人でも居なかったら現在の僕は存在しなかっただろう」】より。

悪夢の敗戦

病魔に苦しみながら、17歳で四段昇段を果たした村山聖四段は、初の順位戦に参加します。

村山聖四段が始めた参加したのは、第46期C級2組順位戦。当時18歳。

今期の順位戦は対戦相手の表が出来た時は降級点を取らなければ良いと思っていました。

しかし1局目、4局目と負けを覚悟していた将棋を勝ち、もしかしたらと思う気持ちが今期しかないという思う気持ちに変わっていきました。

「降級点を取らなければ良い」という、羽生善治三冠と並び称された天才棋士にしては消極的な感想を漏らした、その当時の星取表がこちら。

難敵は阿部隆四段、森下卓五段、有森浩三四段あたり(段位は当時のもの)。

そこで悪夢の様な出来事が起きました。対有森戦の敗戦。

その時点で僕の上位には10人位、うちの3人が全勝でした。

多分駄目だと思いました。残り全部勝っても昇る可能性は薄い、そして残り5局を全部勝つ保証は全くない。

気が狂いそうだった。

初参加では順位が悪く、たとえ1局でも落とすと致命傷になりかねません。

順位戦は1年をかけて戦う棋戦。5局目で昇級が絶望的になり、残り5局をどうやってモチベーションを保って戦えというのか。

まず自分が勝たなくては

6局目、7局目と苦しい将棋を勝ち、少し考え方が変わった。
残り3局を勝ち頭ハネになってもそれは運命、誰かに負けて昇れなくても仕方がない。
棋士にとって何よりの処方箋は「勝ち星」。競争相手の事情も変わり、昇級への希望を見出します。
僕がC1の実力なら昇段出来るし、そうでないなら……と思っていた。
他人の星ばかり考えても仕方がない。まず自分が勝たなくては、そう思いました。

そう、たとえ周りや他人がどのような状況であろうとも、自分の状況が悪くても、目の前の勝負に最善を尽くすしかない。

いかに大義や理想を抱いても、些事にかまけるようでは大事を成すことはできない。

村山四段は続く8,9局目も制し、自力の状態(勝てば昇級できる)で最終局へと臨みます。

「悔いのない将棋を指したいと思って」迎えたその最終局を見事制し、9勝1敗の成績でフィニッシュ。

順位戦参加1年目にして、C級1組への昇級を掴み取りました。

恩や感謝という安易な言葉に代えたくない

そして「昇級者喜びの声」の末尾に記した言葉が、死と隣り合わせで戦う者の心からの思い。

僕の原形を造ってくれた両親、そしてDr.の山本先生、師匠の森(信)先生、この4人の内、一人でも居なかったら現在の僕は存在しなかっただろう。
その事を恩や感謝という安易な言葉に代えたくない。

幼い頃から命と向き合ってきた人間にとっては、「恩」や「感謝」といった言葉すら安易に思えてしまう。

人間は誰しも、誰かに支えられ、誰かを支えて生きている。

-村山聖