羽生善治

羽生善治三冠の公式戦デビュー局

(画像:毎日新聞より)

昨年のクリスマスイブ。

藤井聡太四段のデビュー局には、その相手が加藤一二三九段ということもあり、大勢の報道陣が詰めかけました。

それほど注目されていなかったデビュー時の羽生三冠

午前9時40分、将棋会館の特別対局室に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
(略)
そして、その二人を50人を超える報道陣が取り巻いている。
「異常な空気ですよ」と知り合いの新聞記者が言った。旧知の関係者よりも初めて見る人の方が圧倒的に多い。

『将棋世界2017年3月号(P.55)より』

その「異様な光景」を表しているのが上の画像で、たしかにものすごい数の記者が集まっています。

この将棋の観戦記を担当したのは鈴木宏彦氏。

鈴木氏は羽生善治三冠のデビュー局の取材をしたらしく、そのときの様子を以下のように伝えています。

ちなみに、私は羽生三冠の四段デビュー戦も取材している。

それは昭和61年1月31日の王将戦予選で、宮田利男六段(当時)との対戦だった。結果は羽生快勝だったが、このとき来た取材者は私一人だけ。

あの羽生でも、デビュー時はそれほど注目されていなかったのだ。

『将棋世界2017年3月号(P.56)より』

意外な感じもしますが、将棋が社会的関心を集めることは少ないので、無理もないかもしれません。

昨今の将棋界は良くも悪くも注目を集めることが多かったので、おのずと藤井四段にも関心が集まったのでしょう。

米長玉で快勝

先述の通り、羽生善治三冠の公式戦デビュー局は昭和61年1月31日の王将戦予選で、宮田利男六段(当時)との対局。

その将棋は加藤 vs 藤井戦同様矢倉戦になり、お互い我が道を行くように攻め合って、下図の△1二玉が決め手。

この手は▲4一銀に対して指された手で、▲3二銀成からの▲3四桂が王手にならないようにしています。

「玉の早逃げ八手の得」を地で行く基本手筋であり、この手で先手の攻めがかなり遠くなっています。

羽生将棋といえば「羽生マジック」と呼ばれる終盤の逆転に目がいきがちですが、実はこういう基本的な手筋の積み重ねこそがその圧倒的な強さの源泉なのです。

15歳のときから、羽生将棋は顕在でした。

もっと知りたい方へ

将棋世界Special Vol.2 「羽生善治」の中の「棋士が選ぶ羽生将棋名シーン28」で、この将棋を谷川浩司九段が選出して解説しています。

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