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「神」とまで尊敬された棋士・滝誠一郎八段

2014年6月4日に引退した前田祐司八段が将棋世界で「言い訳したいエッセイ」を連載しています。

2017年3月号時点で連載33回目!で、つまりもう3年近く続いています。

特に連載初期は、修行時代に「いかに塾生としてコキ使われたか」を語っています。

塾生とは、将棋会館に住み込みで働きながら将棋の勉強をする立場の奨励会員のことで、現在はもうこの制度はありません。

地獄では 些細なことでも 神対応

それでも「地獄に仏」という諺があるように、2014年7月号の掲載分(P.177)にこのようなエピソードがありました。

当時、将棋世界の雑誌の郵送作業を担当していた滝誠一郎五段(現八段・引退棋士)と、その手伝いをしていた塾生時代の前田祐司青年との一幕。

耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ塾生ですが、優しい棋士もおりました。

滝さん(誠一郎現八段=引退)がその人。

塾生は本紙『将棋世界』の発送作業を手伝うのですが、塾生の控室だけクーラーが無く、夏場は封筒詰めの作業を蒸し風呂状態でします。

皆、汗だくになるのは必至。

滝さんは郵送作業の担当をしていたのですが、いつも冷コー(アイスコーヒー)を差し入れてくれました。

あの味は忘れられません。

ちなみに、滝さんはその後、東京に移られて、将棋連盟の理事を長く務めました(本人にその気はなかったようですが、周囲からどうしても理事にという声が高く、懇願される形だったようです)。

滝さん=弱者の駆け込み寺=守護神となり、多くの棋士が助けられました。

確かに、汗だくの中で飲んだアイスコーヒーの味、そしてそれを奢ってくれた優しさはいつまでも忘れられない思い出でしょう。

でも冷静に考えて読めば、滝八段は特別素晴らしいことをしているわけではなく、アイスコーヒーを差し入れただけです。

それでも、劣悪な環境で虐げられている者から見れば、アイスコーヒーをくれるだけでも神の如き存在となり、40年経っても忘れられない経験となるのです。

だからこのエピソードを知っても、「極限の空腹状態なら何を食べても美味しく感じる」ように、「滝八段って人徳者なんだな」よりも、「たったこれだけのことで神扱いされるとは、余程劣悪な環境だったんだな」という感想の方が強かったです。

将棋界のビッグネームたちすら集める人徳

それでも、ちょっと興味をもったので、滝八段についてもう少し調べるべく、Google先生に聞いてみました。

滝誠一郎八段のwikipediaを閲覧すると、こんな記述があります。

1980年代に長く新進棋士奨励会幹事を務めており、当時は奨励会員の兄貴分として将棋からプライベートまで幅広く面倒を見ていた。

特に先崎学とは共に麻雀をすることが多かった模様(先崎のエッセイに何度となく登場する)。

2013年の引退時に仲間内で開かれた慰労会には、幹事時代に奨励会員だった羽生善治・佐藤康光・森内俊之・郷田真隆らが顔を揃え、その豪華メンバーぶりが話題となった。

そのときの慰労会の様子が、弟弟子の森信雄七段のブログで多数の画像付きで紹介されていました。

wikiの記述の通り羽生世代を筆頭に、将棋界を代表するビッグネームが勢揃い。

(画像:兄弟子の引退慰労会より)

羽生善治三冠すら出席し、深々と頭を下げています。

人徳が無ければ、人望は得られません。

人望が無ければ、公式の集会でもないのに、これだけの人は集まりません。

酒の勢いゆえに出た本音

その中の一人、郷田真隆九段の若い頃(当時27歳)の、滝八段との一幕。

滝団長(誠一郎七段)以下若手数名がかなり気持ち良く飲んでいる日のこと。

ふと滝さんが、ボーリングでは、まだまだ君達には負けない、みたいなことをいった。

このなにげない発言に郷田が咬みついたのである。

(略)

「僕は昔279出したことがあるんだと、分かってるのかい」

「あ-、意味ない意味ない(これは酔ったときの郷田の口癖である)人間昔のことをいいだしたら終わりです」

(略)

「だいたい年が二十も上の人間に運動で負けるわけがない。滝先生のことは好きで尊敬してますけど、今だけはいいます。こんなオッサンには負けません」

(引用:「1997年、郷田真隆六段」より)

酒の勢いゆえに、「滝先生のことは好きで尊敬しています」の部分も本心でしょう。

酒は「人を変える」のではなく、「人の本性が出る」が正しい。

やはり、滝八段は「神」だったのです。

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