大山康晴・升田幸三

知られざる秘密! 大山康晴十五世名人の生涯成績の裏話

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(画像:棋聖戦中継ブログより引用)

近年稀に見る不調ながらも、第87期棋聖戦で永瀬拓矢六段を退けた羽生善治棋聖。

 

通算1433勝781敗の秘密

これで通算タイトル獲得歴が合計95期(2016年9月25日現在)になり、前人未到の通算100期まであとわずかとなりました。

今期はまだ王位・王座の防衛戦が残っており、早ければ来年中に夢の大台に到達します。

これまで数々の大記録を残し続けてきた羽生三冠。

そのの記録の偉大さを語る上で、必ず比較対象として引っ張り出されるのが、昭和の大名人・大山康晴十五世名人です。

生涯成績は1433勝781敗で、勝数はいまだ歴代1位。

いずれはこの記録の更新も羽生三冠に期待されるところですが、実はこの生涯成績には知られざる秘密があります。

大山名人が棋士になったのは1940(昭和15)年ですが、日本将棋連盟には1954(昭和29)年以降の棋譜しか残っていないのです。

昭和20年5月に将棋大成会(日本将棋連盟の前身)の本部は空襲によって焼失し、戦前の公式対局の資料はほとんど消滅しました。

戦後も混乱した状況が続いて資料は不明確です。

棋譜として資料が現存しているのは昭和29年以降だそうです。

(引用:田丸昇ブログ と金横歩きより)

では、大山名人の生涯成績はいったいどうやって出した数字なのか。

現存する昭和29年以降のみの数字なのか、それとも誰かが突然言い出した嘘っぱちなのか。

自分で記録を取り続けた

答えはどちらとも違い、実は大山名人自らが自身の対局の棋譜を記録していたのです。

大山十五世名人と升田実力制第四代名人は、本人の記録や関係者の調査で戦前からの公式対局の資料が残っています(大山は昭和15年~、升田は昭和9年~)。

ただそうした例は一部の棋士のみです。

戦中戦後の物不足の中、誰に強制されるわけでもなく、記録を取り続けたということですから、すごいことですよね。

なぜ記録を取り続けたかといえば、大山名人自身が「棋譜には価値がある」と考えていたからこそ、です。

同時代の棋士がほぼ誰もやっていたかったことを愚直にやり続けたということは、目のつけどころが凡人とは違ったということ。

大名人の眼力があったからこそ、こうして棋譜が今の時代に生きる人々に届くのです。

-大山康晴・升田幸三