女流棋士 森内俊之・佐藤康光

サラブレッド同士の師弟 森内俊之九段と竹俣紅女流初段

ワイドナ女子高生としてテレビでも活躍していた竹俣紅女流初段。

1年間の休場の末、4月からは女流棋士であるとともに早稲田大学政治経済学部に通う現役女子大生でもあります。

紅ちゃんは女流棋士ですから、当然師匠に当たる棋士がいます。

竹俣紅女流初段の師匠は、皆さんご存知森内俊之九段という、十八世名人の資格を持つ超一流棋士です。

優駿流の由来となった家系

森内九段は京須行男八段という棋士を祖父に持つ、いわば棋界のサラブレッド。

森内九段の代名詞といえば、その堅実な棋風から「鉄板流」ですが、かつては「優駿流」という二つ名で呼ばれていたこともありました。

京須行男八段とはどのような棋士だったのか、森内九段自身が語ったことがあります。

- 森内さんのおじいさまは京須行男八段です。どのような方だったのでしょうか。

森内 祖父は私が生まれる10年ほど前に他界したのですが、母の話では筋の通った信念の人だったようです。奨励会の幹事のほかに理事も何年か務め、手合係も兼任したそうですが、どんな場合でも決められたルールをきっちり守ったといいます。

(引用:将棋世界Special Vol.3 「森内俊之」P.38より)

上述の通り、京須行男八段(1960年逝去)は森内九段(1970年生まれ)が生まれる前に亡くなっています。

なので、才能は受け継いだかもしれませんが、将棋を教わったということはありません。

森内は昭和45年、横浜市の生まれ。母方の祖父に京須行男八段がいる。

もっとも、京須八段は昭和35年に46歳で早逝しているから、孫が将棋指しになったことと、祖父の存在は直接には関係がない。

(略)

祖父の血を引いていたのか、森内は将棋がおもしろくてしょうがなかった。ふとんのなかにまで盤と駒をもちこんだ。

夏休みには、将棋連盟の土曜教室に通い、京須門下の工藤浩平六段(普及指導棋士)の指導を受けた。

(引用:森内俊之五段(当時)「休みの日なのに、どうもご苦労さまです」より)

どうやら将棋の才能は遺伝しないものらしく、将棋界で親子二代に渡って棋士になったのは、現役では西川慶二七段と西川和宏六段のみ。

祖父と孫で棋士というのは、他に聞いたことがありません。

竹俣当綱の末裔

また弟子の竹俣紅女流初段も米沢藩の重臣・竹俣当綱(たけのまたまさつな)の末裔であるという家系。

竹俣紅オフィシャルブログ:よまねばならぬ(๑`・ᴗ・´๑)

こちら(↓)がブログに載っている、紅ちゃんが読んでいる書籍。

サラブレッド師弟

師匠が将棋のエリート筋なら、弟子の方は家柄がエリート筋。

いわば、それぞれが名門の血筋を受け継ぐサラブレッド同士の師弟なのです。

-女流棋士, 森内俊之・佐藤康光