羽生善治 藤井猛

羽生善治四冠(当時)が藤井猛竜王(当時)を語る

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(画像:王座戦中継ブログより引用)

第64期王座戦第2局で、羽生善治王座は糸谷哲郎八段を相手に藤井システムで迎え撃ち、見事制して防衛に王手をかけました。

藤井システムは2000年前後に隆盛を極めた四間飛車の革新的戦法で、藤井猛九段が創案しました。

居飛車側に有力な対策が発見されたことで、しばらく下火になっていましたが、近年また復活の気配があり、羽生王座が採用したことでその流れが加速することでしょう。

羽生善治三冠が認めた「藤井システム」の独創性

藤井猛九段が竜王を獲得した頃、羽生善治王座は将棋世界の対談で以下のように、藤井システムの独創性を認める発言を残しています。

羽生 例えば森下システムだと矢倉がずっと指されてきたなかで、基本があってシステムが生まれてきたわけですが、藤井システムは角道止めて飛車回って四間飛車にする、あとは全部彼の独創だからそれがすごいところです。

(引用:「羽生善治名人が語る藤井システム」より)

藤井猛九段が竜王を獲得した直後の、羽生善治三冠と佐藤康光九段の対談。

この3人はいずれも「羽生世代」にあたるから、20代後半の棋士としての指し盛かりの頃。

将棋界の第一人者・羽生善治三冠も認める「藤井システム」の独創性。

「藤井システムは角道止めて飛車回って四間飛車にする、あとは全部彼の独創」ということは裏を返せば、藤井システムは「藤井猛」という棋士がいなければ、誕生することもなかった戦法だということ。

この対談から2年後、羽生善治四冠は棋聖を取り返して五冠王に復帰し、藤井猛竜王と七番勝負を戦います。

藤井システムの優秀性に二番目に気づいた羽生善治三冠

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(画像:王座戦中継ブログより引用)

森下卓九段曰く、羽生善治四冠は「藤井システムの優秀性を二番目に気づいた棋士」だといいます。

藤井システムの優秀性に気づいたのは創案者の藤井竜王の次が羽生四冠だと思う。

その優れた視点と先見性には、敬服せざるを得ない。

ちなみに私は藤井システムをはじめて見たとき、単なる奇襲戦法のように思い、とても永続性がある戦法とは思えなかった。

(引用:「藤井システムの優秀性を二番目に気づいた棋士」より)

羽生三冠は紛れもなく将棋界のスーパースターですが、藤井九段のように独創的な戦法を開発した、という話は聞きません。

しかし羽生さんには「先入観に囚われず、新しい戦法や感覚を取り入れる」柔軟性があります。

この「先入観に囚われない」強みが、誰もが受け無しだと判断した局面から、逆転の一手を導き出す羽生マジック」といわれる驚異的な終盤力の礎なのです。

異質の天才

将棋界には、その時代を彩る「異質の天才」同士の名勝負があります。

新手一生を標榜し、「魅せる将棋」にこだわった升田幸三実力制第四代名人と、盤外までも利用して勝負にこだわり、69歳で亡くなるまでA級に在籍していた大山康晴十五世名人。

「自然流」と称された中原誠十六世名人と、少々不利な局面でも終盤の底力で逆転した「泥沼流」米長邦雄永世棋聖。

将棋にスピード感覚をもたらした「光速流」谷川浩司九段と、「羽生マジック」と称され、誰も気づかない曲線的な指し回しで劣勢を逆転した羽生善治三冠。

これらの天才たちの激突は、相反する才能のぶつかり合いだからこそ名局を生み、ファンは熱狂したのです。

そしてまた、藤井猛九段と羽生善治名人もまた、異質の天才同士です。

かたや振り飛車党で「序盤の革命家」、かたや居飛車主体で「脅威的な終盤力」の持ち主。

それら両者の持ち味が存分に発揮されたのが2012年に行われた第53期王位戦。

結果は藤井猛九段が1勝4敗で敗退しましたが、角交換四間飛車の隆盛はここから始まっています。

そして、棋風だけでなく、棋士としての経歴もまた異質。

羽生善治名人は15歳で奨励会を卒業し、19歳で初タイトル「竜王」を獲得した早熟の天才。

藤井猛九段は15歳で奨励会に入会(しかも一度落ちた)し、20歳で四段昇段を決めた晩学の天才。

何から何まで対照的な2人なのに、誕生日は2日しか違わないというからまた面白い。

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