村山聖

故・村山聖九段が「全振り飛車党の中で唯一の本格正統派」と認めた棋士・杉本昌隆七段

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(画像:日本将棋連盟より引用)

映画「聖の青春」がまもなく公開されます。

村山聖九段は病のため対局を不戦敗になることも多く、その真の実力を発揮できたとは言い難い棋士生活でしたが、そのハンデを背負ってなおA級、タイトル挑戦という実績を残しました。

天才に認められた棋士・杉本昌隆七段

その村山聖九段が、「唯一の振り飛車の本格正統派」と認めた棋士がいます。

振り飛車党といえばやはり藤井猛九段・・・と思いきや、杉本昌隆七段です。

杉本七段の名を知らない方もいるかもしれませんが、史上最年少でプロ棋士となった藤井聡太新四段の師匠です。

三段になって間もないときだったと思うが、一足先に四段になった村山聖が杉本の将棋を「振り飛車の本格正統派」と評したことがあった。

僕が「えっ?」と聞き返すと、村山は「全振り飛車党の中で唯一の本格正統派です。メチャクチャ格調が高いんですよ」と言った。

(引用:村山聖四段(当時)「杉本三段は全振り飛車党の中で唯一の本格正統派です。メチャクチャ格調が高いんですよ」

棋士としての実績はどうかと言うと、残念ながら杉本七段には大して実績はありません。

順位戦では最高クラスがB級1組(通算4期)。

その後長らくB級2組に留まっていたのですが、今年からC級1組に陥落しました。

しかし、天才の「人を見抜く目」は恐ろしいもので、現代の「振り飛車の雄」藤井猛九段の将棋に影響を与えたのが、この杉本昌隆七段なのです。

藤井将棋に影響を与えた杉本将棋

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(画像:日本将棋連盟より引用)

そもそも藤井九段は奨励会時代には、主力戦法として中飛車穴熊を採用していました。

四間飛車をプロでの主力戦法に採用したのは、杉本七段の影響が大きいのです。

藤井システムの原型となった将棋を指したのも杉本七段でした。

ただし、「居玉のまま穴熊を狙う」アイデアは藤井九段のオリジナルです。

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将棋世界2014年9~11月号に短期連載された「僕はこうして強くなった 藤井猛九段の巻」では、盟友である行方尚史八段の名は一切出てこないのに、杉本昌隆七段の名はよく出てきます(*三浦弘之九段は出てくる)。

藤井猛九段も杉本七段について、村山聖九段とほぼ同様の見解を著しています。

それまでの四間飛車は、居飛車の研究に対して力で来いという時代だったが、小林先生と杉本さんは居飛車の研究に対して、研究で対抗していた。

いわば、研究する四間飛車時代の幕開けで、それがプロでも評判を呼んでいた。

自分も、すぐにこれだと思った。

(引用:将棋世界2014年11月号)

現代は、居飛車(特に穴熊)に対して振り飛車側が必死に研究しているイメージですが、当時は逆だったのですね。

事実、プロ入りした当初の藤井九段のあだ名は、力将棋を得意としたことから「ハンマー猛」でした。

それが杉本将棋の影響を受けて、後に「研究する四間飛車」の最高傑作ともいえる「藤井システム」につながるのですから、間接的に杉本七段の存在も将棋界にとっては重要だったといえます。

天才棋士が認めたということは、その人もまた天才だということです。

その才能が実績ではなく、また別の分野に反映されたにすぎません。

-村山聖