将棋

将棋界では、公式戦で弟子が師匠に勝つことを「恩返し」という

将棋界では、公式戦で弟子が師匠に勝つことを「恩返し」と表現する慣習があります

今をときめく藤井聡太四段の場合を例に出せば、その師匠である杉本昌隆七段に勝てば、恩返しを果たしたことになるわけです。

藤井聡太四段の師匠ではありませんが、奨励会時代の幹事だった西川六段に勝ったときも、それを「恩返し」と表現した報道記事がありました。

藤井四段にとって西川六段は、奨励会時代の幹事(指導係)で、昨年10月の四段昇段(プロ入り)まで世話になっていた恩人。

今回の初対戦では、中盤から差を付けて“恩返し”を果たした。

(引用:14歳藤井四段、デビュー17連勝…元指導係に恩返し「最後は勝ててよかった」より)

これは広い意味での「恩返し」ですが、ともかく「公式戦で弟子が師匠に勝つ」という意味での「恩返し」は、将棋界では定着した表現なのです。

師匠は「恩返し」されてうれしいのか?

(画像:竜王戦中継ブログより)

どの世界でも、弟子の成長した姿を見るのは、師匠にとっては喜ばしいことのはずです。

ただし、現役棋士でもある師匠が、本当に「恩返し」をされてうれしいかはまた別の問題です。

久保利明王将の師匠の言葉

例えば、久保利明王将の師匠である淡路仁茂九段は、弟子が初めてA級八段になったときの祝賀会の挨拶で、「恩返し」の本来あるべき姿について(ジョークとして)述べています。

「今回のA級昇級については、私は本人以上にうれしいです。将棋界では弟子が師匠に勝ったら”恩返し”といいますが、あれはおかしいですね。師匠が負かされた相手を、弟子が負かすのが恩返しです」(場内爆笑)

(引用:久保利明二冠の師匠への恩返しより)

師匠になった久保九段の言葉

そして、その弟子である久保王将も、弟子をとって自身が師匠になった立場から、旧来の意味での恩返しについて「昔のこと」だと述べています。

プロになった私は1局だけ師匠と公式戦で指したことがある。

いわゆる師弟戦なのだが、一般的には弟子が師匠に勝つとその対局を見た師匠が「弟子も強くなったなぁ」と感慨深げになり、それを師匠への恩返しと言うもので、実際私も俗に言う恩返しは果たせた。

しかし私はこれはもう昔のことなのかなと思う。

やはり師匠だって勝負師、勝負に負けるというのはうれしいものではないと思う。

実際私も弟子が2人いるが、プロになってこの2人と対戦が決まっても当然全力で勝ちに行くし、負けたら「強くなったな」という思いもあるだろうが、やはり悔しいという思いのほうが先にくるように思う。

(引用:弟子から師匠への本当の恩返しとはより)

師匠も、師匠の立場になった弟子も、恩返しについて「あれはおかしい」「昔のこと」と口を揃えています。

相手が誰であれ、棋士が負けて悔しくないはずがない

このように現代では、(弟子が師匠に勝つ、という意味での)恩返しをされたくない師匠の方が多いのではないかと思います。

師匠も公式戦で負けると生活に響くのはもちろんですが、何より将棋棋士が、どんな勝負であれ誰との勝負であれ負けて悔しくないはずがないからです。

淡路九段の言葉を借りれば、現代の師匠が望んでいる「恩返し」とは、「師匠が負かされた相手を弟子が負かす」こと、くらいの意味といえそうですね。

もう少し時代を経れば、こちらの意味での「恩返し」が定着しているかもしれません。

-将棋