記録から見る将棋界

「灼熱の時代」の舞台 昭和44年度の将棋界勢力図

2016/12/17

wp-1475849595581.jpg

将棋を題材とした大人気漫画「3月のライオン」のスピンオフ作品「3月のライオン昭和異聞 灼熱の時代」の舞台設定は、昭和44(1969)年の将棋界。

作中では当時の将棋界だけでなく、日本社会の流行語や世相までも再現されており、さすが「3月のライオン 」のスピンオフ、という感じです。

1969(昭和44)年の将棋界勢力図

では、現実の将棋界の昭和44年当時はどんな状況だったのでしょうか?

1969年度当時のタイトル保持者を表にまとめました。

タイトル 保持者 満年齢 備考 開催月
名人 28 大山康晴 46 4~6月
棋聖 14 中原誠 22 前期 6~7月
王位 10 大山康晴 7~9月
(王座) (17) (中原誠) (*) 一般棋戦 9~10月
十段 8 大山康晴 10~12月
棋聖 15 内藤國雄 30 後期 12~2月
王将 18 大山康晴 1~3月

1969年はタイトルが全部で5つだった時代なので、現在の制度とはいろいろと異なる点があります。

まず、一番の謎であろう、前期と後期の2つある棋聖戦。

棋聖戦は創設当初から二期制で、現在のように一期制になったのは1995年度(第66期)から。

ちなみに羽生善治七冠が誕生した年度です。

十段は段位ではなく、現在の竜王戦の前身棋戦で、1987年度を最後に発展解消されました。

王座戦は三番勝負の「挑戦手合制(前期の在位者とトーナメントの優勝者がその期の在位を争う)」ながら一般棋戦として扱われていて、タイトル戦として格上げされるのは1983年度から。

棋王戦はこの時代影も形も無く、1974年に一般棋戦として創設され、タイトル戦になるのは翌年の1975年からです。

大山全盛時代の最末期

ooyama-1

1969年度は、大山康晴十五世名人(当時46歳)の全盛時代の最末期。

翌1970年度に内藤棋聖から棋聖(前期)を奪取(内藤國雄九段は、生涯大山名人のカモにされ続けた)し、次に王位を防衛したところで五冠独占を果たします。

しかしそこから十段・棋聖(後期)を立て続けに中原誠十六世名人(当時23歳)に奪われます。

その2年後(1972年度)に18期在位し続けた名人も失い、その年度のうちにタイトルを全て手放して大山全盛時代は終わります。

灼熱の時代でも、「神宮寺八段が昭和の怪物を倒して名人に成る」がストーリーのコンセプトなので、それと相通ずるものを感じます。

-記録から見る将棋界