加藤一二三

53歳でA級に復帰し、62歳までA級に在籍し続けた加藤一二三九段

2016/10/22

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(画像:竜王戦中継ブログより)

名人を失冠した後のひふみんは年々勢いはしぼみ、1985年を最後にタイトル保持者から遠ざかりました。

そして49歳のとき、第47期順位戦で2勝7敗に終わり、B級1組への降級が決まりました。

いかに偉大な棋士でも50歳を迎えれば、誰しも衰えますが、そこから最後の輝きを放つのが、ひふみんの才能。

33歳のときに中原誠名人(当時)に名人戦であっさりストレート負けを食らい、棋士仲間から「終わった」と思われ、事実それから2年ほど冴えない時期が続きましたが、36歳を超えてから勝ち始め42歳で悲願の名人にもなりました

とにかく加藤一二三という棋士は、下降トレンドに入ったかに見えても、そこから猛烈に頑張り抜いて輝きを見せるのです。

53歳のA級カムバック&60歳A級

B級1組に落ちて3期、可もなく不可もない成績を続けた後、例によって突然、猛烈な力を発揮します。

平成4年度、第51期B級1組順位戦で9勝3敗の成績で、なんと53歳にしてA級復帰を果たします。

その期に同時にA級に上がったのが羽生善治四冠(当時)で、その年の名人戦で米長邦雄名人が誕生し、7度目の宿願を果たします。

しかし、さすがに全盛期のようにはいかず、挑戦権を争うほどのパワーはすでになく、毎年降級を争うことになります。

A級に戻ったものの、年間の勝ち星は減る一方で、年に10勝以下という年もあったが、それでもA級に留まっていた。

A級順位戦の最終戦はテレビ中継されるが、誰が挑戦者になるか、とともに、落ちるのは誰か、が注目される。

加藤は毎年降級争いに絡んで、準主役になっていた。

そんななかでの頑張りは感動的であったが、60歳を超えると、さすがに限界が来て、平成13年、62歳で落ちた。

中原、米長も、50代半ばでA級から落ちた。

それを思えば、加藤の棋才は大したものだったとわかる。

●引用:(P.116)盤上の人生 盤外の勝負

ですが、羽生世代の精鋭たちが続々とA級に昇級してきた年代において、昇級後9期に渡って頑張り抜きました。

同時期に覇を競った、中原誠十六世名人は52歳、米長邦雄永世棋聖は54歳、谷川浩司九段は51歳のときにA級陥落が決まりました。

第60期にとうとう陥落が決まるわけですが、そのときなんと62歳。

60歳を超えてA級に在籍していたのは、大山康晴十五世名人、有吉道夫九段、花村元司九段を含めたった4人しか記録していない快挙。

中原誠十六世名人は62歳、米長邦雄永世棋聖は60歳で引退し、その棋士人生を終えました。

ひふみんはその2人とほぼ同じ年齢のときにA級へと復帰し、2人がが引退したときとほぼ同じ年齢のときにもまだ、A級棋士であったわけです。

これを「大天才」と言わずして、なんというべきなのか。

生きる伝説・加藤一二三

それ以降はもう、さすがに限界がきて、年々クラスを下げて現在はC級2組。

前期(第74期)は順位戦だけでなく、全公式戦を通して1勝も出来ず、2つ目の降級点がつきました。

今期も降級点が点けば、その時点で引退です。

そのとき77歳3ヶ月で、現役最年長記録を更新しますが、それだけで終わってしまってはもったいない。

来期から藤井聡太四段が順位戦に参加し、2人の対決が実現すれば、「戦前生まれの棋士 VS 21世紀生まれの棋士」という文字通り「世紀の対決」が行われます。

棋士生活60年超、積みあげた成績は2492戦1323勝1168敗1持将棋(2016年10月20日時点)。

まったく途方もない数字で、その姿、まさに「生きる伝説」と呼ぶに相応しい。

ならば、あとなんとか最低、1年頑張り抜いて、上記の「世紀の対決」を実現させてほしい。

そのときこそ、新たな「加藤一二三伝説」が誕生する。

-加藤一二三