大山康晴・升田幸三

一瞬の輝き 升田幸三の全盛期

2017/02/19

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(引用:http://blog.livedoor.jp/i_love_montana/archives/47960591.html

大山康晴十五世名人(以下、大山名人と表記する)の終生の宿敵・升田幸三実力制第四代名人(以下、升田名人と表記する)。

「新手一生」を標榜し、数々の伝説を残したその人生は、今でもなお語り継がれています。

将棋史を語る上で欠かせない大スターの、その儚くも美しい全盛期の輝き。

史上初の三冠独占

1957(昭和32)年7月、第16期名人戦が終わった時点でのタイトル勢力図。

  • 第16期名人:升田幸三
  • 第7期九段:升田幸三
  • 第6期王将:升田幸三

升田名人が将棋史上初の三冠独占を果たしたのが、1957年7月。

見ての通りこのときが、升田名人の棋歴の絶頂期。

このときからおよそ2年前、第5期王将戦で大山康晴王将(当時)を香落ちに指し込み、これが世に名高い「名人に香を引いて勝つ」の瞬間。

さらにその翌年度(1956年度)に九段位(竜王戦の前身の前身棋戦)も塚田正夫九段(当時)から奪取し、A級順位戦でも1位になって挑戦権を獲得。

そして1957年の名人戦につながり、39歳にして悲願の名人位に就くとともに、三冠独占を果たします。

鮮烈な輝き

(画像:田丸昇ブログより)

升田名人は大山名人より5歳年上で、木村義雄十四世名人打倒の筆頭候補にして、終戦直後の将棋界の大スターでした。

しかし昭和20年代は、特にここ一番のところで大山名人に勝てませんでした。

その代表格が、世に有名な「高野山の決戦」です。

勝てば名人戦挑戦者になれる大一番で、必勝の将棋をトン死で落とし、「錯覚いけない、よく見るよろし」の名言が出たのはこのとき。

世間からも絶大な人気があり、実力もありながら、ここ一番で勝てず、大山名人に先を越されてしまった。

世間が「もうダメか」と思い始めていた頃に、名人に香を引いて勝ち、悲願の名人になり、しかも史上初の三冠独占のおまけつき。

升田幸三名人のタイトル獲得歴は大山名人に劣るのですが、絶頂期の輝きが鮮烈なのです。

-大山康晴・升田幸三