羽生善治

不調説が囁かれる以前、べらぼうに強かった2015年の羽生善治名人(当時)

この記事は元々、2015年12月に書いていたものです。

羽生さんが2016年春に名人を失冠し、不調説が囁かれる前に書かれたものだという前提でお読みください。

45歳の羽生善治名人がべらぼうに強いけど、それは歴史が繰り返されているに過ぎない

これ(↑)が当時つけた題名です。

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(画像:王座戦中継ブログより)

ぼくがが将棋をはじめた約10年前から、将棋界最強の棋士といえば、誰もが口を揃えて「羽生善治」と答えます。

その羽生善治名人も今年(2015年)で45歳。

どれだけ才能を持って生まれた棋士でも、年齢による衰えからは逃れられません。

・・・と、言いたいところですが、羽生善治名人は現在、名人・王位・王座・棋聖の四冠王。

若手棋士が今期、3人(豊島将之七段・広瀬章人八段・佐藤天彦八段)羽生名人の持つタイトルに挑み、悉く返り討ちにあいました。

最も勝てるはずの20代棋士が勝てず、なぜ衰えているはずの45歳の羽生名人が勝てるのか、疑問に思う人も多いことでしょう。

しかし、将棋界の歴史を紐解けば、さほど不思議なことではないどころか、歴史が繰り返されているに過ぎないことだと分かります。

君臨する1人の王者

(画像:http://shogifan.hatenablog.jp/entry/2013/04/18/195757より)

将棋界は、「時代を代表する王者が1人いて、タイトルの過半数を獲得し、数々のライバルたちがその牙城を崩すべく挑む」という構図が受け継がれています。

たまに群雄割拠の構図にもなりますが、歴史的に見れば、それはほんの一瞬だけの状態です。

現代の王者たる羽生善治名人が25歳で七冠王になる少し前、90年代前半から2015年の現在に至るまで、常に王者として君臨しているように、昭和の時代にも、王者として君臨し続けた棋士が2人います。

それが、大山康晴十五世名人と、中原誠十六世名人です。

その2人の全盛時のデータを紐解けば、「歴史が繰り返されているに過ぎない」の意味が分かります。

*王者の系譜が木村→大山→中原→羽生と続いているわけですが、木村義雄十四世名人については、将棋界の黎明期ということで、割愛。

大山康晴十五世名人

  • 1923年3月13日生まれ、1992年7月26日没
  • 全盛期:1952~1971年

大山康晴十五世名人が木村義雄十四世名人から名人を奪取したのが1952年(第11期名人戦)で、29歳のとき。

そこから中原誠十六世名人によって名人を失冠する1972年(当時49歳)までの、およそ20年間が大山康晴十五世名人の全盛期。

中原誠十六世名人

  • 1947年9月2日生まれ~存命
  • 全盛期:1972~93年

大山康晴十五世名人から名人を奪取したのが24歳のとき。

そこから名人を米長邦雄永世棋聖によって失冠し、最後にタイトル戦に登場したのは1993年度、46歳のとき。

40歳過ぎても王者は王者

このように、大山・中原といった、時代の王者たる棋士にとって、40代半ばくらいまでその地位を維持するのは容易いことです。

現在45歳の羽生善治名人もまた然り。

特に昨期(*2014年)、名人を取り返したあたりの強さたるや、もう凄まじかった。

いまだ四冠を保持し、今期だけでも3人の若手棋士をタイトル戦で返り討ちにしたように、その強さは健在。

ついでに、第65期王将戦の挑戦者にもなりました。

繰り返される歴史をぶち破るスターでも現れない限り、最低でもあと5年くらいは羽生時代が続くはずです。

1年後の今

昨年の今頃は、2016年に入って羽生さんがまさかあれだけ負けが込むとは、誰もが思っていませんでした。

それでも夏頃から調子を上げ、棋聖・王位・王座を防衛し、三冠を保持しているのは羽生さんの底力です。

棋王戦は早々に負けたけど、王将戦では挑決リーグで渡辺明竜王を下し、連勝スタートを決めています(第66期王将戦挑決リーグ)。

同じく全勝の豊島将之七段との直接対決が最終戦で組まれているので、それを制した方が王将戦挑戦者として名乗りをあげるでしょう。

-羽生善治