村山聖

死して生き様を遺した棋士・村山聖

2016/11/11

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(画像:日本将棋連盟より引用)

1998年8月、村山聖八段(当時)は29歳という若さで、A級に在籍したまま天に召されました(死後、九段追贈)。

死後18年経った今年の秋、その生涯を描いた小説「聖の青春」が松山ケンイチ主演で映画化されます。

公開は11月19日(土)、もう2週間を切りました。

村山聖九段は少年時代から、病に冒されながら将棋を指し続けてきました。

21歳で史上最年少の名人になった谷川浩司名人(当時)を倒すために棋士を志し、17歳の若さで四段に昇段しました。

棋士になってからは、当時すでに将棋界最強の棋士として君臨していた羽生善治現三冠と互角の勝負を繰り広げました。

将棋世界2月号で特集

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映画化にあたって、将棋世界2016年2月号で村山聖九段の特集が組まれました。

この表紙を始めて見た方は、その豪華さに度肝を抜かれたことでしょう。

かつて将棋界の覇権をかけて凌ぎを削った、現役日本将棋連盟会長と現役最強棋士が揃い踏み。

谷川浩司九段と羽生善治名人(当時)という、将棋界が誇る二大ビッグネームを引っ張り出せたのは、村山聖九段の影響力の大きさを示すものでしょう。

羽生善治三冠は村山九段のことを「天才」と認め、今でも「村山くん」と呼んでいるそうです。

羽生善治三冠「天才というのは、村山くんや谷川先生の事だよ。自分はただ、努力し続けてるだけ」

同じ時代に生まれながら、同じ時代を生きられなかった2人の天才。

死して生き様を遺した棋士・村山聖

余談ながら、その影響力は「将棋世界の売上アップ」という、具体的な利益という形でも示されています。

旧来のメディアでも、コンテンツの内容が良ければ売れるという典型例ですね。

映画化にあたって、専門誌「将棋世界」は2月号で村山さんを特集した。
羽生名人や谷川浩司九段(54)が村山さんの将棋を語り、雑誌の売れ行きも伸びた。
羽生名人は「村山さんの生き様は普遍的に人の心に訴えるものがある。生きていたら、同世代の多くの棋士と同様にタイトル戦で実績を残しただろう」と話す。
2人の対局は、羽生名人7勝、村山さん6勝とほぼ互角だった。

(引用:「怪童」棋士の情熱、今も 羽生名人「生きていたら…」より)

村山聖九段は文字通り「命懸け」で将棋を指し、志半ばに力尽きました。

健康に生きていれば忘れがちになりますが、人間の命は、今この瞬間も刻一刻と少なくなっていっているのです。

人間の生とは、死へと向かうことなのです。

「棋士は死して棋譜を遺す」といいますが、村山聖九段は棋譜だけでなく、多くの人が見習うべき生き様を遺しました。

-村山聖