大山康晴・升田幸三

生涯現役を貫いた大山康晴十五世名人

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(画像:wikipediaより引用)

木村義雄十四世名人が残した「よき後継者を得た」の言葉通りに、その次代の王者として将棋界に君臨したのが大山康晴十五世名人。

木村義雄十四世名人は潔い引き際だったのと対照的に、大山康晴十五世名人は生涯現役を貫いた棋士人生でした。

50歳を超えてなお強さは健在

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(画像:王将戦中継ブログより)

大山十五世名人は1972年に中原誠十六世名人に名人位を明け渡すまで、20年に及んで第一人者の地位を守り続けました。

49歳のときに名人位を失うも、その後69歳で亡くなるまでA級を維持し続けました。

どれほどの大棋士でも、50歳を超えれば必ず衰えが目立ち、全盛時のような活躍はできなくなります。

ところが大山十五世名人は衰えたといっても、50代でタイトルを11期獲得し、63歳で名人戦挑戦者になるなど、その強さは健在でした。

50代の頃は日本将棋連盟の会長を務め、激務の影響をものともせずに勝ち続けました。

さらに60代の頃はガンとの闘病を抱えながら、何度も降級の危機を乗り越えていきました。

「A級陥落=引退」だった晩年

木村義雄十四世名人が潔い引き際を見せたように、大山十五世名人もA級から陥落すれば引退する覚悟は持っていたようです。

A級でいるかどうかは、大棋士にとって大問題になる。
大山の最晩年は、毎年苦戦し、落ちれば引退するだろうと、最終戦に多くの人が関心を持つようになった。
事実、大山は公式にではないが、A級から落ちたら引退する、と言っていたようである。
(略)
ウソかホントか知らないが、十数年前に聞いた話がある。中原が名人戦で敗れた直後のA級順位戦で2連敗した。
そうしたら大山が中原に「永世名人はA級から落ちたら辞めなければならない」と言ったそうである。
こういう噂はすぐ広がるもので、だから、大山の進退がいっそう注目されることになった。
大山も、そういう世論をよく知って、頑張ったのである。

●引用:大山康晴の晩節

「永世名人はA級から落ちたら辞めなければならない」と言ったのも、盤外戦術のひとつだったのでしょう。

自分が他人に言ったことを自分が実行しなければ、周囲からバッシングの嵐に遭うことは目に見えています。

しかし、自分が言った言葉にも世論の重圧にも屈することなく、69歳で亡くなるまでA級に在籍し続けました。

木村義雄十四世名人の潔い引き際も見事でしたが、大山十五世名人も生涯現役を貫いた棋士人生もまた御見事。

-大山康晴・升田幸三