大山康晴・升田幸三

人間的な威厳で勝つ! 大山流盤外戦術「福田家事件」

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大山康晴十五世名人は、第一人者の地位を守るため、将棋界全体を勝負の一環と考え、有望な若手棋士に「盤外戦術」を仕掛けました。

大山名人は、棋士として最も勝てる時期に徴兵され、また日本中が戦争で「将棋どころではない」時代でしたから、第一人者になった頃にはすでに30代でした。

年齢による衰えが避けられない中で、加藤一二三、二上達也、山田道美、内藤國雄という将来有望な棋士が続々と頭角を現し始めました。

このまま手をこまねいていては、自分の地位が危ない。

しかし、まともにぶつかりあえば、年齢差がいずれ響いてくることは明白。

そこで、大山名人は自分の地位を利用して、若手棋士たちに盤外からプレッシャーを与え、人間的な威厳で挑戦者たちを精神的に委縮させることで勝負を有利に運んだのです。

福田屋事件

その盤外線戦術の被害者の代表として、内藤國雄九段のケースを紹介しましょう。

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内藤國雄九段
(画像引用:「日本将棋連盟」より)

通称「福田家事件」といい、内藤九段は全盛時代、「横歩取り空中戦法」で名をあげた棋士ですが、最後まで大山名人を苦手にしました。

「そりゃあ、これだけのことをやられたら勝てなくもなるよ」と思わず言いたくなる、ひどい事件です。

昭和49年、棋聖だった内藤は、挑戦者に大山を迎えた。

そのときのたぶん第1局だったと思うが、東京四谷「福田家」での対局前夜、ちょっとした事件が起こった。

●引用:盤上の人生 盤外の勝負

当時、内藤棋聖が34歳、大山十段は51歳。

中原時代が始まったのは1972(昭和47)年。

無敵時代は終わっていますが、それでもまだその強さは健在だった頃です。

その日、内藤は東京につくのが少し遅れた。待っていた大山は、新聞社の設営担当者に、時間になったから会食をはじめるよう、うながした。

大山が言うのなら仕方ない。担当者は従った。

大山の食事は早い。出される料理を片っ端から平らげ、一通り出て終わると、すぐ御飯を頼んだ。

対局前夜の宴会だから、ゆっくり酒を飲みたい人は多かったが、そんなのはお構いなし。

早々に食事を済ますと、すぐ麻雀の用意をさせる。これがタイトル戦での大山ペースだった。

●引用:盤上の人生 盤外の勝負

(注)このときのタイトル保持者は内藤國雄棋聖の方です。

大山十段の仕切りは、タイトルホルダーを差し置いての出過ぎた行動ですが、それを分かったうえでやっているのです。

ちょうどそのとき、内藤が着いた。

すぐ宴会場に行くと、もう膳はすべて下げられていた。

それを見て、内藤の顔色が変わったそうである。

物も言わず、荒々しい足取りで部屋を出た。

麻雀を打っていた大山は、ちらっと内藤を見た。それはぞっとするほどの、軽蔑のまなざしだった、という。

●引用:盤上の人生 盤外の勝負

役に立たない正論を言えば、内藤棋聖はこのときに堂々と抗議すべきだったのです。

きっとこのとき、大山十段は内心「勝った」と思ったことでしょう。

一方、その後の内藤棋聖は何をしたか。

盤外戦術、成功

自室に入って、内藤の憤懣はますます嵩じた。

内藤が関西を立つときは、主催誌の担当者がつきそっていて、やむを得ない事情があって、少し遅れるのは伝えてある。

なら、少しくらい待っていてくれそうなものではないか。

タイトル保持者の面目は丸つぶれだ。

こらえられなくなり、銀座に出て、その夜はしたたかに飲んだ。それに付き合ったのは、芹澤博文だった。

翌日の対局は、もう書くまでもない。内藤は惨敗し、そのシリーズは、1勝3敗で内藤はタイトルを失った。

●引用:盤上の人生 盤外の勝負

そりゃ、「盤外戦術」云々以前に、酒に逃げるようでは勝てないでしょう。

この番勝負を負けたどころか、内藤九段の棋歴の中で、タイトル防衛に成功したことはありません。

失冠後、内藤九段が次にタイトル獲得を果たすのは、10年近く先のことです。

内藤は、中原と並んで、大山を倒す有力候補だったのである。

それが、この時の棋聖戦を境に、内藤は大山に全く勝てなくなり、これ以後十年以上に渡って、肝心の順位戦では一度も勝っていない。

大山は、自分の地位を脅かすような後輩すべてに、このような仕打ちをし、そうして勝ち続けたのである。

●引用:盤上の人生 盤外の勝負

内藤九段のA級順位戦の成績を(辛抱強く)見れば分かるとおり、内藤九段はA級順位戦で一度も勝てませんでした。

ほぼ一生に渡って内藤九段をカモにし続けたのだから、「盤外戦術」の効果たるや抜群だったということです。

大山康晴十五世名人は良くも悪くも、生涯、勝負師として戦いぬいたのです。

今の言葉でいえば、やってることはパワハラですけどね。

-大山康晴・升田幸三