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故・村山聖九段に「A級八段になれる」と認められた棋士・山崎隆之八段

2017/02/20

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(画像:叡王戦中継ブログより)

第1期叡王戦決勝で郷田真隆王将を下し、実に6年ぶりの棋戦優勝を果たして初代叡王に輝いた山崎隆之八段。

山崎八段は森信雄七段門下で、つまり故・村山聖九段の弟弟子でもあります。

村山聖の弟弟子

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(画像:森信雄の写真あれこれより)

山崎八段がプロデビューしたのが1998年4月1日で、村山九段が亡くなったのが1998年8月でした。

村山九段は亡くなった年は休場していましたから、実質的に2人がともに棋士としてしのぎを削ったことはありません。

しかしそこは同門の強みで、2人で指していた練習将棋を通して、村山九段は山崎八段の才能を見抜いていました。

村山は生前、周囲に、「山崎君はA級八段になれる男です」と語っていた。身びいきで言ったのではない。その証拠に、山崎本人には、「弱いね。こんな将棋を指すようじゃ山崎君も終わりだな」と、まったく逆のことを言ってハッパをかけていたのだから。

山崎がプロ棋士として第一歩を踏み出したとき、村山は病気休場していたから、二人は公式戦で戦ったことはない。山崎によると、10秒将棋(練習将棋)で数局教えてもらっただけだという。なのに村山は山崎の才能を見抜いていたのだ。

一流棋士の見立てに、まず狂いはない。だとしたら山崎は、兄弟子の期待にこたえなければいけない。

(引用:村山聖八段(当時)「山崎君はA級八段になれる男です」より)

夭逝した天才に、その才能を認められた山崎八段。

棋士になって18年、果たして兄弟子の期待に応えられているのでしょうか?

いまだ果たせていない「A級八段」

山崎八段がB級1組に昇級したのは2008年からで、28歳のとき。

以来、毎年のように好成績をおさめていますが、昇級には惜しくも届かないことが多く、今年でB1在籍は8期目。

かつては「西の王子」と呼ばれていた俊英も、気がつけば36歳になっており、すでに中堅棋士の仲間入りを果たしています。

順位戦以外でも、タイトル戦は2009年に王座戦で一度挑戦者になったきり(結果は3連敗で敗退)。

初代叡王でもある山崎八段ですが、第2期叡王戦では羽生善治三冠に敗れてあっさりトーナメントから去りました。

「A級八段になれる」と認められて、A級八段にまだなっていないのですから、少なくともその点は兄弟子の期待には応えられていない、という結論になります。

追記:悲願のA級まであと1勝!

第75期B級1組順位戦で最終戦を残して7勝4敗とし、残る昇級枠ひとつに向けて自力昇級圏内に入りました。

最終戦で勝てば、悲願のA級昇級です!

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