「負ければ奨励会退会」の将棋に負けた中座真三段(当時)に起こった奇跡
2017/06/23
子どもの頃から天才ともてはやされてきた将棋少年たちが、この先将棋で食っていけるか決まる最後の難関、それが奨励会三段リーグ。
悲喜こもごものドラマを生む三段リーグの中でも、とりわけ劇的なドラマを生んだのが、第18回三段リーグ(1995年10月~1996年3月)です。
当時25歳の羽生善治七冠王が誕生したのが、1996年2月14日。
棋界の若き王者が日本中から脚光を浴びる裏で、彼とほぼ同年代の青年たちの運命を懸け勝負が繰り広げられていました。
死ぬ気になって挑んだ最後の三段リーグ
今回の主役は、中座真七段。
第18回三段リーグ当時、26歳の奨励会三段。
26歳といえば奨励会の年齢制限ギリギリの年齢ですが、三段リーグは26歳を超えてもリーグ成績が勝ち越せば退会せずに参加し続けることができます。
その規定によって夢をつなぎ、28歳で棋士になったのが宮本広志五段です。
しかし中座三段は勝ち越し規定には頼らずに、昇段できてもできなくてもこれが最後と心に決めていました。
本当の意味で死ぬ気になったのは最後の1年です。寝ても覚めても将棋のことばかり考えていた気がします。
残り1年になり、開き直ることができ、逆に将来の不安がなくなった。
親にも、今回ダメだったら将棋はやめると伝えていました。
(引用:将棋世界2013年10月号「棋士に聞く本音対談」より)
是が非でも勝たなくてはいけない将棋で完敗
「寝ても覚めても将棋のことばかり考えていた」成果が出て昇段争いに絡み、17回戦を終えた時点で以下のような成績になりました。
《【】内の数字は順位、()内は年齢、段位・敬称略》
- 【01】堀口一史座(21)・・・13勝4敗(*昇段確定)
- 【06】中座真(26)・・・12勝5敗
- 【14】野月浩貴(22)・・・12勝5敗
- 【23】藤内忍(21)・・・12勝5敗
- 【03】木村一基(22)・・・11勝6敗
17回戦終了時点で、堀口三段は昇段が当確。
中座三段は2番手(自力)に浮上し、最終18回戦で勝てば昇段、というところまで漕ぎつけます。
中座三段の最終戦の相手は、今泉健司三段。
この対局に勝てば、文句なく四段昇段が決まります。
仮に自分が最終戦で負けても、理屈の上では後を追う3人が揃って負ければ昇段できます。
しかし、3人揃って負ける確率は極めて低い。
よって、事実上「負ければ昇段の可能性が潰える(=奨励会退会)」のですが、その是が非でも勝てなくてはならない一戦で、中座三段は今泉三段に完敗を喫します。
奇跡の昇段
競争相手より先に、12勝6敗でフィニッシュ。
後は運を天に祈るのみですが、競争相手の3人が揃って負ける、そんな都合のいい奇跡が起こるわけがない。
つまり、自分の四段昇段への夢はもう終わり。
諦めて帰ろうとしたそのとき、起こるはずのない奇跡が起きました。
ー 中座さんが四段昇段を決めた平成7年度後期三段リーグの激戦は、いまも語り草になっています。(略)当時の中座さんの自戦記を引用します。
「完敗。この瞬間、半年間の思いが砕け散った。フラフラと対局室を出た。朦朧とした意識の中で、漠然と帰ろうと思った。誰かがまだ昇段の目があることを教えてくれた。えっ、うそ・・・。信じられなかった。しばらくして昇段を知らされた。事態のあまりの変化についていけず、廊下にへたり込んでしまった」
(略)
中座 運がよかった。そうとしかいえないです。
(引用:将棋世界2013年10月号「棋士に聞く本音対談」より)
「事態のあまりの変化についていけず、廊下にへたり込んでしまった」瞬間をとらえたのがこの有名な写真ですが、ご存じありませんか?
将棋一筋で生きてきた青年が、絶望の淵から救われた瞬間。
20年経った今も語り継がれる、将棋界のピューリツアー賞ともいうべき大傑作です。