加藤一二三 記録から見る将棋界

将棋棋士はなぜ通算1100敗しても賞賛されるのか?

2017/06/16

将棋界の生きる伝説・加藤一二三九段

滝を止めさせた、鰻重をひたすら食べ続ける、昼食に定食を2つ頼んだ、などの盤外のエピソードに目が行きがちですが、棋士としての実績も伝説級。

先日、将棋史上初めて通算対局2500局を記録して話題になりましたが、ひふみんはもうひとつ忘れてはいけない、将棋史上唯一無二の記録を持っています。

それは、通算1100敗です。

なぜ多く負けたのに賞賛される?


ひふみんが通算1100敗を記録したのは2013年3月12日なので、今からもう4年以上前のこと。

2016年度末対局分までで、1179敗まで積み上がっています。

将棋を知らない人に限らず、将棋をある程度詳しく知っている人でも、通算1100敗がなぜ偉大な記録であるかを説明できる人は少ないと思います。

なぜなら普通に考えれば、勝負の世界においては勝つことが賞賛され、負けることは好ましくないはずだからです。

事実、負けることでタイトルを獲得できたり、棋戦優勝することなど絶対にできません。

多く負けようと思えばそれ以上にたくさん勝つ必要がある

それなのになぜ、通算1100敗が偉大な記録であるとして扱われるのか。

その理由は、故・河口俊彦八段の著書「盤上の人生 盤外の勝負」に詳しく記されています。

そういえば、加藤一二三が平成19年、1000敗を記録して話題となった。

そんな記録があるなんて思いもしなかったが、考えてみるとこれは空前絶後の大記録である。

というのも、勝ち星は伸ばせても、年間の負け数は、一定数以上増えないからだ。

年間に出場できるのは、およそ十棋戦。順位戦以外の予選はトーナメント方式だから、普通は一棋戦につき一つしか負け星がない。

予選を勝ち上がり、リーグ戦に入り、さらにタイトル戦に出れば、対局が多くなり、負け星が増えるが、それは簡単なことではない。

順位戦は10局あるから10敗もできるが、そんなに負けると、現役を長く続けられない。

だから、好調な年でも、年間20敗するのは容易ではないが、それを50年間続けて1000敗である。

(引用:盤上の人生 盤外の勝負P.184より)

将棋界の仕組み上、多く負けようと思えばそれ以上にたくさん勝つ必要があるのです。

ひふみんの場合、負け数1179敗はぶっちぎりの歴代1位ですが、勝ち数もそれ以上に多く積み重ねて1324勝(2016年度末対局分まで)。

これは歴代3位の記録で、かつて「棋界の太陽」といわれた中原誠十六世名人(1308勝)すら上回るのです。

現役生活を長く続けないと無理


そしてもうひとつ、重要なことがあります。

それは、たとえいくら多く勝てたとしても、現役生活を長く続けられなければならない、ということです。

中原誠十六世名人は健康上の理由で、61歳で現役引退を余儀なくされました。

大山康晴十五世名人もガン手術のために1年間休場し、一旦は回復したものの、69歳でA級在籍のまま亡くなりました。

ひふみんは今年度で引退が決まっているとはいえ、現役生活は歴代最長の63年!

その間、一局たりとも不戦敗を食らうことはありませんでした。

上記で引用した「年間20敗を50年続けて1000敗」を借りれば、ひふみんの場合、「20敗弱を60年続けて1100敗」です。

まとめ:通算1100敗が偉大な記録である理由

通算1100敗が偉大な記録である理由は、①負けた以上に多く勝ったことの証明であり、また②その現役生活の長さの証明でもあるのです。

今後、この記録を達成できる棋士は現れないかもしれません。

1100敗どころか、4人目の1000敗達成者も当分の間は無理な感じです。

現役棋士でもっとも負け数が多いのは桐山清澄九段(892敗)ですが、おそらく達成する前に引退に追い込まれるでしょう(今年70歳、順位戦C級2組所属で降級点すでにひとつあり)。

もっとも現実味があるのは谷川浩司九段ですが、それでもあと200敗ほどする必要があります。

 

 

 

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