羽生善治三冠が「国民栄誉賞」を授与されていたかもしれなかったお話
2017/08/06
将棋界ではまだ、国民栄誉賞を授与された人はいません。
木村義雄十四世名人も大山康晴十五世名人も升田幸三実力制第四代名人も、受賞していないのです。
しかし、現代のスーパースター・羽生善治三冠には、国民栄誉賞が授与されていたかもしれない機会があったのです。
将棋史に残る名勝負の裏で
(*画像:竜王戦中継ブログより)
それは今からおよそ8年前、2008年度の第21期竜王戦で羽生善治名人(当時38歳)が渡辺明竜王(当時24歳)に挑戦したときのことです。
この第21期竜王戦は将棋史に永遠に残る名勝負であり、もしも渡辺明竜王が並のタイトル保持者なら間違いなく羽生名人の永世七冠が達成されていました。
ところが渡辺竜王もまた、羽生名人に劣らぬ棋才の持ち主であり、このシリーズの引き立て役はまさかの羽生名人の方だったのです。
08年の12月下旬。政府は数多くの名曲を残した作曲家の故・遠藤実に「国民栄誉賞」を授与することを発表した。
じつは政府は羽生の永世七冠を見越し、羽生に同賞を授与する話を水面下で進めていたという。それほどの大記録なのだ。
(引用:実録名人戦秘話 P.110より)
羽生名人がいきなり出だし3連勝し、誰もが羽生名人の竜王奪取=永世七冠を確信しました。
特に第1局は「右玉ルネサンス」と称された、羽生名人の卓越した大局観が発揮された将棋であり、スコアだけでなく内容的にも羽生名人が上回っていたのです。
消えた国民栄誉賞
しかし渡辺竜王は第4局で、奇跡的な詰み逃れの手順を発見して逆転勝ちします。
そこから猛烈に頑張り、急戦矢倉で新手を出すなどして3連勝して追いつき、第7局も二転三転する激戦を紙一重の差で制したのです。
渡辺明竜王(24)に羽生善治名人(38)が挑戦する第21期竜王戦七番勝負は、羽生名人三連勝のあと渡辺竜王三連勝で最終局を迎えた。
一局の将棋に両者の「永世竜王」称号がかかり、なおかつ羽生が勝てば「永世七冠」、渡辺が勝てば「史上初の三連敗四連勝」がかかるという、百年に一度あるかどうかの歴史的な対局となった。
(引用:竜王戦中継ブログより)
こうして渡辺竜王が将棋史上初の「3連敗4連勝」による防衛に成功し、連続5期保持による「初代永世竜王」の資格を得たのです。
同時に、上記の「国民栄誉賞を羽生名人に授与する話」も、現在も羽生三冠が同賞を授与されていないあたり、立ち消えになったと思われます。
永世七冠なるか?
故・米長邦雄永世棋聖著「将棋の天才たち」(P.250~252)には、羽生が通算タイトル獲得81期(大山超え)になった際の予定稿として書かれていた、将棋界初の国民栄誉賞が出たことを祝う原稿が収録されていますが、その記録では授与はされませんでした。
つまり、やはり将棋界から国民栄誉賞受賞者を出そうと思えば、永世七冠になるしかないのです。
しかし、それが出来そうかというと、これがけっこう難しい。
羽生三冠は今年47歳で本来ならとうにピークは過ぎているはずの年齢であり、かたや渡辺竜王は今年33歳の指し盛り。
2010年にも羽生名人(当時)は第23期竜王戦の挑戦者になり、再び永世七冠を懸けて戦いましたが、今度は渡辺竜王が4勝2敗で防衛。
その2年前はスレスレの差で防衛したのに対し、2年の時を経て着実に力が増していました。
それ以来、2016年度の今に至るまで、羽生三冠は竜王を奪取するどころか挑戦者にすらなれていません。