藤井聡太

師匠と弟子の戦いの軌跡 杉本昌隆七段 vs 藤井聡太四段

2023/04/02

将棋界では公式戦の場で、弟子が師匠に勝つことを「恩返し」という伝統があります。

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藤井聡太四段と杉本昌隆七段の公式戦初対局はまだ実現していませんが、いずれはそのときが訪れます。

杉本師匠と聡太少年は、公式戦での対局こそまだ組まれていませんが、それ以外の場では数多の激闘を繰り広げてきました。

師匠と弟子の初手合い

(画像:竜王戦中継ブログより)

2012年のゴールデンウィークのある日、小学4年生の聡太少年は杉本七段に弟子入りを志願し、杉本七段はそれを快諾。

晴れて師匠と弟子の関係になった杉本七段と聡太少年。

師弟の関係になって初めての対局は、聡太少年の奨励会試験を控えたある日のことでした。

藤井と同時期に入門した弟子との最初の平手将棋に十八番の戦法角交換四間飛車を選択。

だが藤井は非常に落ち着いた指し回しで序盤にリードを奪うと、ほぼパーフェクトな指し回し杉本で師匠に逆転のチャンスを与えないまま完勝した。

(引用:天才 藤井聡太より)

この話は藤井フィーバー華やかなりし頃に、ワイドショーなどにゲスト出演した杉本師匠が頻繁に話していたエピソードですが、実はこのとき、師匠は聡太少年の他にもう一人の弟子と二面指しだったのです。

二面指しの場合、上手はどうしても集中力を削がれますから、たまにはミラクルも起こります。

そしてすぐにもう一局指すのですが、勝ったときと負けたときそれぞれの聡太少年の反応が常人離れしています。

もし一般的な子供であれば、プロ棋士の杉本七段に平手で勝ったとしたら、うれしさを隠しきれなくなる。

「それで表情が変わらないんですよ。全然うれしそうじゃない。ごく当たり前みたいな顔でね」(杉本)

普通の棋士であれば、失礼な子供だと感じて、カチンとくるところかもしれない。しかし、杉本師匠は寛容だった。その次、もう一度同じ条件で指して、今度は杉本が順当に勝った。

「その時には、ものすごく悔しそうな顔をされましてね」杉本はそう苦笑する。

藤井少年は、この世の終わりのような顔をして、どんよりとしている。要するに、自分が勝って当然と思っているのが、師匠には丸わかりなのだ。

(引用:藤井聡太 天才はいかに生まれたかより)

七段の現役棋士と入門間もない少年では、棋力の差は天と地ほどもあるのですが、聡太少年が当時からとんでもない自信を秘めていたことがよく分かるエピソードです。

奨励会級位者時代

師匠との対局が功を奏したのか、さしたる苦労もなく奨励会入会を決めた聡太少年。

ですが師匠は、級位者時代の聡太少年とは意識的に将棋を指さないようにしていました。

奨励会入会後も、杉本はできるだけ聡太に将棋を教えないようにした。

聡太の将棋は、いくら危険な手順に踏み込んだとしても最後に自分が1手勝っていればいいという勇気あるもので、特に飛車や角の大駒が盤面を大きく飛び回るのが特徴だった。

(略)

だからこそ、まだ小学生で怖いもの知らずで伸び伸びと指す聡太に、プロ棋士が持っている危機回避能力や先入観といった感覚や常識を植え付けたくないと考えたのである。

それを教えれば勝率は上がるかもしれないけど、聡太本人の将棋の魅力が消えてしまうような気がしたのだ。

(引用:将棋世界 2017年11月号より)

プロになってすでに1年以上経つ聡太少年ですが、師匠が感じた「将棋の魅力」は全く色褪せていません。

魅力ある将棋で勝ちまくる今の藤井四段を見れば、師匠の眼力が正しかったことは間違いありません。

奨励会有段者時代

2012年9月22日の初例会後、猛スピードで昇級昇段を重ねていった聡太少年。

本当は類稀なる才能を持った弟子と指したくてウズウズしていた師匠は、聡太少年が有段者になったのを機に、ついにその禁を解きました。

彼が有段者になって、ある程度将棋が出来上がってからは、ちょくちょく将棋を指すようになりました。

これまでに50局くらいは指しているかなあ。ここ1年は大きく負け越しています。もっと弱いうちに指すべきでした(笑)。

(略)

とはいえ、初めての三段リーグは、指し分けか12勝ぐらいまでがよいところだと思っていました。才能は抜きん出ていても、三段リーグ独特の雰囲気に呑まれてしまうかもしれないと思った。

リーグ戦を待つ間、私とも2局ワンセットで指しましたが、1勝1敗が多かった。私に1勝1敗では、三段リーグは抜けられません。

ところが、三段リーグの中盤から様子が違ってきた。余裕が出てきたというのか、厚みを増したというのか。私との対戦でも攻め合いではなく、余されて負かされることが多くなった。

(引用:将棋世界 2017年1月号より)

三段になってもしばらくは師匠と指し分けだったのが、中盤からは師匠でも歯が立たなくなっていったことから、聡太少年の異常な爆発力を感じます。

-藤井聡太