渡辺明竜王が生涯でただ一度、将棋で負けて泣いた日
2018/10/11
下の画像は、「将棋の渡辺くん」の第1巻が発売された際に行われた、記念対談の様子。
渡辺明棋王(当時)と伊奈めぐみさんと、モノコとかいうよく分からないぬいぐるみの三者(?)対談が別冊マガジン誌上に掲載されました(将棋の渡辺くん 第2巻にも収録されています)。
その対談の中に、渡辺・伊奈夫妻のちょっと感動的なエピソードがあったので、一部を紹介します。
渡辺竜王は負けず嫌い?
棋士は須らく負けず嫌いです。
それは大天才棋士ともなると、その負けず嫌いさたるや尋常ではありません。
谷川浩司少年は5歳上の兄に将棋で負けて、駒を噛んで悔しがりました。
羽生善治少年は自分を負かした相手を泣きながら仁王立ちで睨みつけ、藤井聡太少年はこの世の終わりと思うほど号泣しています。
(*)将棋の渡辺くん 第2巻
しかしこの手の話を、渡辺明竜王に関しては聞いたことがありませんでした。
「将棋=仕事」だと公言している竜王ですから、負けてもそれほど悔しくないのかな・・・?と思っていましたが、やはり竜王にも将棋で負けて泣いた日がありました。
将棋の渡辺くん2巻に収録されている、1巻が発売された際の記念対談の中で、渡辺明竜王が生涯でただ一度、将棋で負けて泣いた日の知られざるエピソードが明かされていました。
初タイトル挑戦敗退後の涙
渡辺明五段(当時)が19歳で初めてタイトル戦に登場し、「羽生を震えさせた男」として有名になった王座戦五番勝負敗退後のこと。
このシリーズ、渡辺五段は羽生王座2勝1敗と追い込みながら、その後2連敗して奪取に失敗しました。
モノコ 将棋の対局に負けても、泣いたりはしないっぺか。
あきら そう・・ですね。それは・・・・一度だけ、あります。
モノコ えっ。それは・・・聞いてもいいだか?
あきら ・・・・はじめてタイトルに挑戦したとき、です。19歳のとき。相手は羽生さん。五番勝負でフルセットまでいったんですが、最終局で負けて、結局タイトルは奪えずに負けて帰ってきて、少しだけ、泣きました。
(略)
モノコ 負けた将棋のことを考えていただか?
あきら いや、わかんない。なんだろう・・・。そもそも・・・泣くなんておこがましい話なんです。力の差も・・・はじめから分かっていたし、勝とうとも・・・勝てるとも思っていなかった。格下が負けて泣くなんて変な話ですよね。だから、勝ちそびれたってことだけじゃない。でも、思ったより善戦できたという思いがあったんです。だからこう「ああ、終わっちゃたんだな」というか「もうあの舞台はないんだな」というか。そういう思いがいろいろありました。・・・はい、きっと。
(以下略)
当時19歳ですから、少年時代のように「ただ負けて悔しくて泣く」という話ではありません。
しかし、多感な青年時代の涙ゆえに、複雑な心情がまぜこぜに迫ってきており、読む人の胸を打ちます。
普段、インタビューや対談でも明確に言い切る渡辺竜王が、言葉を詰まらせながら語っているのも印象的です。
そしてさらに面白いのが、この「家」というのは渡辺家ではなく、当時交際されていためぐみさんのアパートのことなんです。
恋人の前で泣くなんて、渡辺竜王の柄ではない気がしますが、当時は2人とも若かったということですね(当時、めぐみさんは20代前半で、渡辺竜王はまだ10代後半)。
そして、そのときめぐみさんが涙する竜王を見てどう思ったか、何をしたかが、なんだかしんみりと美しいのです。
まるで大昔の純愛映画のワンシーンのような、そんな情景が脳裏に浮かびました。
2人が結婚したことが納得というか、なんだかんだで2人の仲がいいのがよく分かるエピソードでした。